幸せな夢の、話をしよう。
とても幸せな、夢の。

別にそんなに多くを望むワケじゃない。
何とか食べていけるだけの仕事と。
焦げていないトーストと、それに甘くない珈琲。できれば半熟の卵。
メッキのスプーン。
洗い立てのシャツと、くたびれたジーンズ。
狭いけど庭が付いた、家。
あんまり人に懐かない猫と、週に二日の休み。
鉢植えのサボテンと、壊れたラジオ。
……子供が二人くらい、いてもいいよ。
後は、あなたがそこに。
そんなに多くを望んでないだろう?

……あなたがここに、いれば。

――幸せな夢の、話をしよう……


でも。
あなたが俺を愛してくれた。
それだけで。本当は。

――――――それだけで。











彼女は、ゆっくりと目を開いた。

見慣れない天井。
蒼い瞳が、辺りを彷徨う。
──何かを、探していたのかも知れなかった。

見慣れない部屋。
彼女は、上半身を起こす。
何かが、身体から抜け落ちた気分だ。

そこで彼女は、自分が泣いていることに気付いた。

何故?

手の上に、ぽたりと落ちる雫。
止まらなかった。

何故?

哀しいことなど、何もないのに。
彼女は、左手の薬指に光る銀の蝶に気付き、それをしげしげと眺める。
平凡な指輪だ。

なんの気はなしに、それを外す。あまり気に入るデザインではなかった。
ざらついた感触がする。

その内側に、何かが彫ってあったらしい。しかしその部分は削られている。
がっかりして、彼女はそれについて興味を全くなくした。指輪をベッドの脇に置こうとする。
が、気付く。

……削られた部分のその後に、おそらく誰かが自分の手で彫ったのだろう、いびつな文字。



――彼女は、何故涙が止まらないのだろうと、不思議に思った。
そして、その理由を探す為に、立ち上がった。












『 I never forget you, I love you. 』