「今日のゴハンはー、何となーくユニークちっくだねー?」
「昨夜考案した。これならば調理器具がミキサーだけで済む」

 月(Yue)は無表情にカップにストローを突っ込み、その緑色の液体を躊躇なく吸い込んだ。
 ごくりごくりと喉を鳴らし、瞬く間に全て飲み干す。そして簡潔に告げる。

「……必要な栄養素とカロリーはクリアしている。問題点は味だけだな」
「問題点とかあるご飯はー、ちょーっと異常なカンジなのではー?」

 この朝食の何処に「冷める」余地があるのか、戒史は一瞬真剣に考えた。
 気の進まない様子でのろのろと手を伸ばし、ストローに唇をつける。

 三十秒ほどで食事は終わった。カップを置いて一言。

「……コレ生肉入れたー?」
「何か問題があるのか」

 自分に腹を壊す可愛げがあるなら反省してくれるのかな、と思いながら、戒史は食卓に突っ伏した。
 例えるなら浜辺に打ち上げられた瀕死のくらげのような風情だが、これが戒史の常態である。骨がないのかと思えるほどぐんにゃりとしているので、いつも姿勢が悪く、立つシルエットは斜めに歪んでいる。

「うーん……俺が『舌』入れてたらー、ちょっと死んでたかなー、って」
「問題ない」

 ふと、月は顔を上げた。顔の半分を覆うアイケアグラスの上で、白い前髪が揺れる。

「『舌』など殆ど使わないだろう。売って『眼』を買う足しにすればいい」

 机の上に常備されている3つの薬瓶から、それぞれ2つずつカプセルを取り出しながら、戒史は答えた。

「……需要が低いものはさー、買うと高くてー、売るには困るんだよねー。しかも俺一回も換えてないから何世代前のだかわかんないしー」
「資産価値はないのか」

 薬を口に放り込むと、戒史は水もなしにそれを飲み込んだ。視線をさまよわせて計算する。

「良くて二十万ドルくらいかなー?」
「話にならない」
「確かにねー。でも『眼』は必要でしょー?この際もーっと性能が良いのをさー、俺はコレが欲しーんだなー」

 戒史はにこにこしながら、何処から取り出したのかディスクの最新カタログを机の上に広げた。今までとは見違えるように素早い動きだ。
 月は整った顔をしかめて思案した。その頭の中ではディスクの値段がずらずらと並べられ、今月の家計と比較検討されているのだろう。

「確信犯か」
「まさかー。俺ほど純真なヤツはいないよー?月がこの前仕入れた新型AP弾千発だってー、アレは単なる記入ミスだって信じてる位だからねー」

 戒史は上機嫌で紙面に指を走らせる。
 月は渋々とカタログを覗き込んだ。そして即座に顔を上げ、明確な結論を出す。

「これを購入すれば、今月は朝食も昼食も全削除ということになる。俺の記憶に残る一日一食生活というのはかなりハードなものなのだが」

 カロリーが足りずに角砂糖を舐めていた日々のことだ。戒史は思い出して、僅かに顔を歪めた。
 腕を組んで椅子に寄りかかる月を、再びだらりと机の上に突っ伏して戒史が見上げる。

 月は気にも留めず、流行らない旧式の煙草を取り出すと咥えて火をつけた。超微量のタールとニコチンの摂取は、月の身体に何の影響も及ぼさない。多分、口を閉じるのに都合が良いのだろうと戒史は解釈している。

「……月子ちゃん貯金はー?」
「貯金は、貯える金と書く。わかるか」
「電子銀行は大儲けだねー」

 戒史が月を「月子ちゃん」と呼ぶのには一応理由がある。
 月の容貌が女性に近いほど優美で繊細に整っているからだった。控えめに言って天使。

 混血が進みに進んだ中で、希少とも言える完璧な白人を示す肌の色。信じられない危ういバランスのカーブを描く顎に、繊細に薄い唇。すっと綺麗に鼻筋が通っていれば、グラスで目を隠したところで全体図は容易に想像がつく。

 月はその外見で明らかに損をしていると戒史は思う。
 自分よりも明らかに美しいものの隣に進んで並びたがる女は滅多に居ないし、男には性別が判明した時点で問題なく嫌われるだろう。

 コンプレックスでもありそうなものだが、本人は別に気にしていないようだ。
 性別など、間違えられても不都合があるわけではないと言っていた。ただ、それでも『月子ちゃん』と呼ばれるのは不快らしい。理由は語呂が悪いからだそうで、それには戒史も頷けるところがある。
 確かに、「ユエコ」というのは少し間抜けな響きだ。更に言えば、乳製品精製のUAコーポレーションの通称も「ユエコ」というので、それも嫌なのだろう。

 癖のない金属質の白髪を邪魔にならない程度の長さに切り、薄い茶色のアイケアグラスをかけている。ココア色のハイネックに灰色のジーンズは、全く垢抜けない、考えもないものだが、元が上等ならば何も問題にはならない。

 煙草の煙を吐き出す所作に女性らしさは欠片もないので、長く観察すれば男とわかる。更には、女性にしては高すぎる身長も判断材料になるだろう。
 美貌の他に目を引くものといえば、その左の首筋に、じかに貼り付いている記号だ。

 赤い逆十字の上に刻まれたアルファベットの『C』。勿論、『ディスク:C』を装着している証である。

「しゃーないねー。今回は諦めるよー」

 戒史はのろのろとカタログをしまい込んだ。未練はあるが、買えないものは仕方ない。
 贅沢とは程遠い暮らしをしている筈なのに、金というものはいつの間にかどこかへ消えてしまう。きっと魔法がかかっているのだと少女ぶって言ったら、月は何も言ってくれなかった。無視というのは罵倒よりも厳しい。

「じゃー行ってくるけどー、買うものはー?」
「MP5A3 H&Kの9ミリ弾を1000」
「パンとー?」
「スピッツァー型弾頭の5.56mmNATO弾を1200」
「肉とー?」
「45ACPのTHV弾を300」
「珈琲とー?」
「新発売のチョコレート菓子『ピロン』。食玩付の奴だ」
「水ー。オッケーオッケー」
「……野菜を忘れるな」
「オッケーオッケー。視覚ディスクAR−81J型を忘れずにー」










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