2120・02・29 01:12
四年前。 その日も暗い霧雨が降っていて、月はその眼を空に向けていたのだ。 冬だった。 であるからして当然寒かった筈なのだが、あまり覚えていない。 至って普通の、外ならどこにでもあるような空き地。元は児童公園だったのだろう。 しかしそこはその日の戒史の『戦場』だったから、なんの変哲もないブランコや滑り台が、血の臭いをさせながら赤く光っていたり。目を開けたままの死体が砂地を飾っていたり。 そんな中で、月はその眼を霧雨の降る向こう側に向けていた。まわりのどんなものにも、全く注意を払わずに。 戒史も『戦争』が始まる前からそこに月が立っていることは気付いていたし、けれど、偶然巻き込まれたであろう一般人を気にすることなどなかった。 全部終わった後も、始まる前と同じに、霧雨の中、空を見上げていた月は、一体何を考えていたのだろう。 偶然、気まぐれに、口を開いた。 「おじょーさん。何してんのー?」 「なにも」 半ば、返ってこないだろうと思っていた返事はすぐに届けられた。だから次の質問もすぐに出た。 「じゃあさー、何考えてんのー?こんな雨の中でさー?風邪引くよー」 「なにも」 月はずっと上を見上げているので、その瞳の色は解らなかった。重い霧雨で、景色はモノトーンに染まっている。 「ハイ、嘘ー」 「何故?」 「だーってさー。めちゃくちゃ『訳アリですー』って顔してるよー?」 そこで月は初めて戒史の方を見た。黒と赤の瞳が交差する。 「……そうか」 すぐ視線を空に戻し、月は、こう呟いた。 「お前も、そんな顔をしている」 すべて、気まぐれからだった。その日の夜。児童公園。全てが灰色の、世界。 「……そうー?」 「ああ」 「ごめんねー。やっぱしょーがないんだねー。誰にでも、事情ってーのがある限りはさー。たまには暗い顔もしたくなる、そーでしょ?」 「ああ」 「じゃ、もっかい質問ねー?おじょーさん、何見てるのー?」 「……なにも」 「泣きたいみたいに見えるんだけどなー」 「そう見えるか?なら、お前もだ」 「……かもねー」 (だからさ) (愛しい愛しい天使様、今すぐ此処へ来て俺を救って) でなければ――手が欲しい。 戒史の全てを滅茶苦茶に踏み潰して、奈落に突き落としてくれる手が。 朝が来ることを、少しおかしくなるくらい待ち望んで。 そのまま、まだ其処にいるのだ。 月は温度の無い声で言った。 「泣きたいときは、泣くべきなんだろう。そう思うよ。ただ、それが出来るかどうかは、また別の話なんだが」 はは、と戒史は笑った。そうだね。 戒史も暗いその向こう側を覗いてみた。霧雨が頬をぬらす。 「アンタさー、今、此処で見たこと全部、忘れてくれるー?」 少しの間の後、返事が返った。 「……NOと言ったら?」 戒史はちょっと迷った振りをしてみる。これも、只の気まぐれだった。 「んー、殺す、かもしんないよー」 「そうか」 空を見上げていた顔を降ろして、月は身体ごと戒史の方に振り向いた。 「忘れたくないな」 戒史は苦笑しながら銃を構えた。何万回も繰り返した動作。 ――ああ、頭痛がする。 |
||
→NEXT |
---|