2120・02・29 01:22
がうんっ 月の弾丸は正確に戒史の肩に打ち込まれ――けれども彼は倒れなかった。 よろめきながら、まだ笑っている。 月は静かに尋ねた。 「――死にたいのか?」 「……いーや?」 至近距離からの発砲。 銃弾は見事に戒史の肩を貫通し、砂地に新しい血を滴らせている。 「では何故、避けない?」 「……ちょーっとねー、実験」 「実験?」 戒史は肩を押さえながら青褪めた顔で呻いた。 降る霧雨は、止む様子を見せない。 「アンタと俺の気が合うかどーか。それと、俺の――勘が外れることがあるかどうか」 戒史の言葉には少しの失望が滲んでいた。 溜息のような笑い方。無機質な左半面との対比で、右半面の表情が際立って感じられた。 黒い蝶が踊るように歪む。 「やっぱりー、無理だったねー」 戒史の肩から流れ出る血は既に砂の上に血溜まりを作っている。 月は静かに銃を降ろした。 「勘?」 「そー。あんたが今、此処で俺を殺してくれたらー、俺の予想は外れたのにねー」 「外したいのか」 戒史は答えずに自分の左手首を示した。鈍く光る人工色。 「『ディスク』って知ってるー?」 「知らないな」 戒史は片眉を上げた。 『ディスク』は常識的な知識で、肯定が返ってくるのを前提に質問したからだ。しかし、月は嘘はついていないように見える。 「珍しー、ね」 無知を信じた訳ではないが、戒史は説明することにした。 空き地に設置されていた、錆びて傾いたブランコに腰掛け、軽くこぎ始める。月は周りの囲いに腰を下ろした。 「俺が付けてるのはー、『感覚(SENSE)』のディスク。便利だよー、……たまーに、敏感すぎて不便だけど。でもさー、俺のディスクってけっこー特殊でねー」 風を切って戒史の髪がなびく。 血の臭いを振り払うように、戒史は遊具に縋った。 「取り外し不可能なディスクがー、一個付いてる」 月は戒史の方は眺めずに上を見上げた。霧雨はまだ降り続いている。 「『第六感』ってヤツ」 戒史は漕ぐ動きを止めた。けれど、ブランコは惰性で動き続ける。 「まあ漠然と、次はこーなるだろーなー、ってのがわかる。相手の動きの先読みも、そんな難しいことじゃーない。そーなったら、外れたことないんだよねー」 「辛いか」 月は冷たい美貌を戒史に向けた。そこには同情や哀れみはない。だがそのかわりに相手への興味も欠落している。 「自分ダケがトクベツ苦しーワケじゃないでしょー?みんな色んなものを……持ってるんだろーさ。それがすぐわかるところにあるか無いかは別にしてねー」 戒史の足が地面に着き、ブランコが止まる。 「そんで俺はー、またわかっちゃった」 ブランコから立ち上がり、戒史は月へと歩み寄った。 「アンタは、都合がいー奴だよ。絶対にー、俺の邪魔なんかしないだろーから。だから。俺なんかに、殺されない」 月は無言で、また空を見上げた。 「俺なんかに動かされない……そーゆーヤツの方がいーんだ、じゃないとすぐ死んじゃうしねー……」 月の手から銃を取り、戒史はその安全装置をかけ直した。 「俺と、組まないー?」 返事は解っている。戒史はすたすたと歩き出した。 振り返らないまま、問う。 「……おじょーさん、名前はー?」 月はまだ上を向いていた。霧雨は空を覆い隠していて、勿論、月が見たいものなど少しも見えはしなかった。 「……月」 呟くと、月は静かに戒史の後を追った。 それは四年前の、冷たい晩の出来事。 |
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