「お前の予想は外れたな」

 戒史は窓の外を見たが、霧雨は降っていなかった。
 けれどいつも戒史の耳には、耳障りな音が聞こえている。

「期待も外れたか?俺はお前にとって都合の良い人間ではなかった」
「そっかー……」

 戒史はベッドから立ち上がった。右目の下に手を当てる。黒い、蝶。
 小さく微笑む。

「失敗、したねー」

 ジーンズのポケットに手を突っ込み、固い感触を探す。小さな銃は、握ると何故か落ち着いた。
 キダムとは、ラテン語で「名も無き通りすがりの者」の意だ。戒史にとって、自分も、他人も、それと同じようなものでしかない。そうでなくてはならない。
 そして戒史は振り返り、床に座ったままの月を見下ろした。

「そこまでわかってるんならさー、月。俺がホントにして欲しいコトもわかってるだろー?」
「俺に頼るな」
「……りょーかい」

 戒史はいつもの皮肉げな笑みを見せた。

「誰だって持ってる……そーだね、俺はそう言った……でも」

 その笑みを即座に消して、戒史は違うまた笑いを作った。
 人間というものは、一体いくつの笑い方を持っているのだろう。

「月は、それを人に見せるのを怖れないの?」

 黒い蝶が歪んで踊る。
 泣き笑い、それが一番近いのだろうか。

「嘘だよ。そんなの」

 戒史は断言する。

「怖いでしょー?怖いって……言ってくれ」
「怖い」

 月は即答した。

「当たり前だろう……無様で、情けない弱さだ。見せたくない――だから尚更、わかれよ」
「──」
「……何故見せたくないものを見せつける?」

 戒史の身体が震えた。

「何故そうすると思うんだ?」

 戒史の瞳が揺らいだ。

「諦めるな。まだ終わってはいない……俺も。お前も」
「…………………」
「だから俺は、お前に踏み込もう。不安だというなら、俺も見せてやる」

 月は旧式の煙草を咥えて、幾度目か火を点けた。

「逃げるな」










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