今度は、俺の話をするよ。
忘れられた側の、話。 「俺、ねー」 戒史は少し躊躇い、口を開いた。 「実は、おじょーさんと、知り合いなんだ」 軽く目を伏せる。こぼれ落ちる、溜息の混じった音。 月はそれをじっと見詰めている。 「ホントはー、連れて来ちゃダメだってちゃんとわかってた。でもあんまり、うらやましかったからー、俺のコトなんか忘れてー、普通に暮らしてたから……ズルくて。ワガママだって、ちゃんとわかってる。俺が勝手に、やったことなのにねー……情けないよねー……ホント」 戒史は自嘲気味に嗤った。 「彼女、本当は紗希って名前。多分、本物の記憶は五年前からしか、持ってないと思うよー。俺が、消したから。コレでねー」 戒史は手を開いて月に見せた。手のひらに、赤いカプセルが数個乗っている。 「……何の薬だ。メンテナンス剤ではないな?」 「合成麻薬で、名前は『Canary(Kanaria)』って言ったかなー。別に、常習性はないよー、まー、一気に多量摂取するとー、死んじゃうけどねー」 ははは、と軽い声が響く。 「俺それで死にかけたし」 薄暗い部屋の中、黒い蝶が歪む。 「暗示薬だ……コレで俺は紗希の記憶を消したしー、若槻は俺を『W/P』にした。スゴい効き目だよー?俺の頭の中、『W/P』として、この『ディスク』を使えるようにしか出来てないの。俺の自我の中に刷り込まれてる。俺は、そのおかげで」 「…………」 「『天使』と聞いたらすぐ殺しちゃうしー? 戦争相手は生かしておけないしー。 役に立たないのなら捨てちゃう。 俺が『優秀な『W/P』』である事を邪魔するモノは消しちゃうんだよー?人でも物でも。 何でも。 情のために甘くなるならそれを消す。 人をかばって怪我をするならそれを消す。 誰かを愛して弱くなるなら」 がっ 戒史は壁を殴りつけた。 「…………殺しちゃうんだ」 酷くない?ねぇ……俺は自殺もできないんだよ?守ったものを壊しちゃうんだよ?大事な物ほど失っちゃうよ? はは……なら俺の自我なんか消しちゃえばよかったんだ。くっだらないよねー……かわりに人工知能でも埋め込んどきゃー、いーのにねー?でもそれじゃ、『六番目』が使えないんだってさー……くだらない。ホントくだらないよ、俺って。ねぇ、月。俺ってさ? だってさー……暗示をかけ直そうとしても出来ないよ。どうしても。死のうとしても、死ねないよ?なんで? なんで出来ない? 『W/P』は止められない。『天使』は許せない。 なんで……? コレは暗示だ。そうだけど。『W/P』でなきゃいけないって、そんなのただの暗示だけど? そうだとしても、それはもう『俺』じゃないか。ねぇ?俺の意思になっちゃったじゃないか。 情けないよねー、俺をこんなにした奴等を殺す気も起きなくてさー。だって『W/P』は逆らわないからさー?もしかして尊敬とかまで感じちゃってたりするかもよー。 …………俺の心は何処までホントなんだよ? ねぇ……夜中に気付いたらさ、惚れた女の頭吹っ飛ばそうとしてるんだよ。 絶望と使命感なんか一緒に感じちゃってんだよ。ねぇ。 死にたいって思ってる癖にさ、殺してって、絶対言えないんだ。 俺は何処まで本気なんだと思う? ……一番信じられないのが自分って、そんなのないだろう? ねぇホントウはさ…… 俺って死にたくないのかな? 好きな女を消したいのかな? 人殺しが楽しいのかな? どれが『俺』なんだ……? ねぇ俺、紗希を愛してるのか……? ……助けてくれ。 |
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